ドリフトのスピード感

生まれ変わったWIRED VISIONの記事 第17回 「マリオカート」と「ニコニコ動画」の共通点 から。

  • ※ちなみに、第17回なのに、第17回しか読んでません。
「もし、客観的な視点で見たならば、カーブを曲がるとき、例え華麗なドリフトをしたとしても、機体は摩擦で遅くならなければならない。プレイヤーの視点、つまり機体の外からの視点でみれば、特にそれは顕著にあらわれるはず。
「けれども、任天堂は、ここでもドライバーの主観的な気持ち、視点を表現しようとした。ドリフトをするために、ブレーキを踏み、ハンドルを回せば、窓から見える景色は、めまぐるしく回転し、まるで加速したような気持ちになる。つまり、ドリフトによる機体の加速は、主観的には、正しいとなる」

なるほど。目からウロコですね。確かに、マリオカートでドリフトすると速くなった気がする。

主題である『「マリオカート」と「ニコニコ動画」の共通点』についてはさておき、情報設計にゲームの要素を取り入れるというのは、共感できることだし、実際大いに役に立つ。

人間が受け取った情報は、既存の知識とか先入観とかといった、フィルターを通してから認識される。『錯覚』もこのひとつだ。
人間が感じる「スピード感」と、実際の「スピード」は、ほとんど一致することはないだろう。車に乗った人の目線が高ければスピードの割に遅く感じ、低ければ速く感じる。車線と車線との間に引かれた白い破線も、一般道では間隔が短く、高速道路では長く描かれているので、高速道路でもさほどのスピード感は得られない。実際は2倍前後のスピードで走っていてもだ。時速30kmの自転車に乗ったのと、時速900kmで飛ぶ飛行機に乗ったのでは、自転車の方が速く感じられる。などなど、これほどまでに、人間が普段認識している情報は曖昧だ。

人間はこのほかにも、様々な場面で沢山の錯覚をしていて、主観のほとんどは錯覚で構成されていると言っても過言ではないくらいではないだろうか。今日我々は、映像や画像、あるいは音や文章から、実際にはそこには存在していない物事の情報を沢山受け取っているが、何れも、こういった錯覚や思い込みを利用して「表現」されているに過ぎない。だから、錯覚や思い込みを上手く使いこなすことができれば、そしてそこにアクセスできるデバイスがあれば、なんだって表現できる、伝えられるはずなのだなぁ。と感じた。

もっともっと、マジメにゲームしなくては。


プロフィール

コヤナギ トモヤ

ウェブ系エンジニアしてます。ウェブデザイナー、ウェブディレクターとしてウェブ制作の仕事に携わり、今はエンジニア職に流れ着きました。誰かのお仕事をちょっとだけ効率化するような支援ツールの開発が好き。オープンソースとMITライセンス大好き。人生後半は自由と民主主義のコントリビューターとして過ごす予定。

ウェブ制作支援ツール Pickles 2 をオープンソースで開発しています。

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