公開日: 2015年04月07日(Tue)
より、豊かになりたい。
豊かさは、社会のレベルにおいても、個人のレベルにおいても、古今東西を問わず普遍的なテーマであると言って異論のある人はいないでしょう。
戦後の高度経済成長を経て、十分に豊かになったはずの日本。しかし、なお豊かさが普遍的なテーマであり続ける背景には、どこか豊かさを実感しきれていないような、もやもやした雰囲気があるのではないでしょうか。
私たちは、本当に十分に豊かなのでしょうか? 私たちは、さらに豊かになることはできるのでしょうか? どうしたら、より豊かになることができるのでしょうか?
ということで、そんな普遍的なテーマである「豊かさとは何か?」について考えてみました。
今回の考察は、プレゼンテーションスライドにまとめて SlideShare でシェアしました。 同テーマでのディスカッションから得られた声をもとに、マズローやアドラーなどの理論を用いながら考えを進めた過程をまとめています。
結論を先に述べると、ズバリ "豊かさ" とは、ココロの成長モデルに沿って「ココロが成長できること」である、と考えました。
本稿では、この結論に至る過程から、要点となる部分を抜き出して紹介しています。 途中の思考過程は一部省かれている箇所がありますのて、詳しくはぜひスライドも合わせて参照してみてください。
数回にわたる "豊かさ" について考えるディスカッションの中で、どんなことに豊かさを感じるか聞いてみたところ、以下のような回答が得られました。
みなさん、さまざまな "豊かさ" のイメージを持っているようです。
"豊かさ" の定義は、人によってそれぞれ違うのでしょうか?
他の観点には、大量にカネを稼ぐことや、好きなだけのモノを持っていることが、豊かさと関連付けられることがあると思います。モノや経済で本当に豊かになれるのでしょうか?
このような問いをイメージしながら、"豊かさ" についての考えを進めていきたいと思います。
「ココロが成長できること」。一見してストンと受け取り難いような、飛躍したような印象を持たれたかも知れません。
"豊かさ" は、社会や外部環境の在り方ではなく、人それぞれの内面にあるココロの在り方を表現する概念であると考えました。
ココロが成長する、とは、どういうことでしょうか?
欲求段階説(自己実現論)で有名なアブラハム・マズローは 「人間は自己実現に向かって 絶えず成長する生きものである」と言ったそうです。「ココロの成長」は、この言葉のイメージから採りました。
自己実現論は、いくつかの反論はありつつも、多くの人から一定の支持を得ています。ひとまず、この理論をベースにして "豊かさ" についての考えを進めます。
はじめに、考えるベースとして選んだ 欲求段階説(自己実現論) について簡単に説明したいと思います。
マズローは、人間の欲求を次の5つの段階に分類しました。
下位の欲求が十分に満たされると、次の段階の欲求が発生するという、すごく簡単に説明すると、そういう理論です。
この自己実現論は有名な理論なので知っている方も多いと思いますが、あまり知られていない重要な性質があります。
1つは、承認欲求には2段階ある。ということ。前半は「他者承認欲求」、後半は「自己承認欲求」とされています。マズローは、この低い尊重のレベル(=他者承認レベル)にとどまり続けることは危険だとしている。(中略) この欲求(=自己承認欲求)が妨害されると、劣等感や無力感などの感情が生じる。
このように考えていたそうです。
もう1つは、前の段階が完全に満たされていなくても、次の段階の欲求が発生することがある、ということです。
それぞれの段階で割合が違うのですが、1段階目は85%で、 2段階目は70%で、 3段階目は50%で、4段階目は40%で、次の段階に進むそうです。
図で見ると各段階はきっぱり別れているようなイメージを持たれがちですが、実は間はすごく滲んでいると考えられています。
低い次元の欲求を満たすと、次の段階の欲求が発生すると説明しました。この、「欲求を満たす」とは、具体的にはどんな現象なのでしょうか。
はじめに、欲求が発生します。 例えば、お腹すいた、眠い、孤独、さみしい などという感情、これが欲求です。
欲求は課題です。欲求が発生すると、なんらかの方法でそれを解決しようとします。例えば、お腹いっぱい食べる、眠る、友達を作る、などです。
欲求が解決されると、報酬として、脳内に報酬ホルモン「ドーパミン」 などが分泌されます。ドーパミンは脳内(報酬系)に分泌されて、幸福感を感じさせる物質です。
「欲求を満たす」とは、この、欲求発生から解決、報酬までの一連の活動のことです。
ヒトの脳の中では、絶えず繰り返し欲求が発生し、報酬(幸福)を得ています。幸福感を感じることが、ヒトが繰り返し欲求を解決しようとする動機(モチベーション)となっているのです。
ではもし、欲求の解決に失敗した場合はどうなるのでしょうか。欲求が満たされないと、不満が溜まることになります。不満はストレスです。高いストレス状態が長く続くと、だんだんドーパミンによる幸福感が得られにくくなります。なので、欲求が発生したら、なるべく速やかに解決し、幸福になった方が良いのです。
欲求に関するもうひとつの性質があります。マズローのピラミッドにおける高次の欲求ほど、満たしたときの報酬は大きくなるそうです。この性質があるため、より高い次元の欲求を発生させ、それを解決し、より多くの報酬を得ようとします。
このように、高い報酬(=幸福感)に惹きつけられるかのようにして、どんどん高い次元の欲求へと上がっていきます。これが「ココロの成長」です。
この、マズローのピラミッドをもとにしたモデルを、"ココロの成長モデル" として位置づけたいと思います。
ヒトは、ココロの成長モデルに沿って、自己実現段階へ向かって成長していく、成長していこうとすると考えます。
マズローが、成長の先に目指す領域として置いた 自己実現欲求。しかし、自己実現 という言葉からは、それがどういう状態をいうのか、にわかに想像するのが難しいと思います。
自己実現とは何なのか? Wikipediaの記載を参照しながら、具体的な自己実現のイメージについて整理してみたいと思います。
Wikipediaには、次のように説明されています。
自己実現の欲求(Self-actualization)
以上4つの欲求(生理的欲求〜承認欲求までの4つのこと)がすべて満たされたとしても、人は自分に 適していることをしていない限り、すぐに新しい不満が生じて落ち着かなくなってくる。 自分の持つ能力や可能性を最大限発揮し、具現化して自分がなりえるものにならなければならないという欲求。すべての行動の動機が、この欲求に帰結されるようになる。
んーー、これを読んでもまだ、よくわかったような分からないような感じがしますね。
自己実現欲求は、別名「存在欲求」とか、「成長欲求」とも呼ばれています。ココロが成長して目指すべき自己実現とは、そこからさらに成長する欲求ということでしょうか。
なかなか具体的に捉えにくい自己実現ですが、Wikipediaには、マズローが考えた自己実現者の特徴を表すいくつかの項目が載っています。これらの特徴から、自己実現者の具体的な人物像を想像してみたいと思います。
マズローは晩年、5段階目の自己実現欲求の更に上位に、6段階目の自己超越欲求があるとする理論を発表しました。自己超越はあまり有名ではないと思いますが、ここでは自己実現者と同列にみなして見ていきたいと思います。
何やら神秘的で想像しにくい言葉も並んでいますが、比較的聞きなれた言葉も含まれていそうです。
これらの特徴(すべてが必ず当てはまるわけではないと思いますが)から見えてくる人物像をイメージしてみると、次のような性格がぼんやり浮かび上がってくるのではないでしょうか。
このようなイメージの「自己実現者」。思い浮かぶのはどんな人か、誰もが知っている有名人のなかから、思いついた人を何人か選んでみました。
これら、自己実現者の人物像から、「オープンマインド・高度な社会性・利他的な感情」に注目してみます。
自己実現者の、他の誰かの幸福ために貢献したくなるという性質。このことは、社会に豊かなヒトが増えてくると、他のヒトもどんどん豊かにしようとする、"豊かさ" は連鎖するというイメージが持てそうです。
このような自己実現者のイメージをもとに、「豊かさの連鎖」を反映して "ココロの成長モデル" を更新すると、次のようになります。
ここで一度、社会の様子に目を向けてみたいと思います。現代の社会は、どれくらい豊かなのでしょうか?
社会の豊かさを測るときに、GDPなどの経済的な指標が使われることが一般的かと思いますが、ここでは「ココロの成長モデル」を使って考えてみたいと思います。
この図は、社会の状態を、ココロの成長モデルにマッピングしてみたものです。
他にもいろいろな切り口があるかも知れませんが、まずはこのようにマッピングしてみました。
他者承認欲求から先に進めずに苦しんでいる人が、先進国に多くいそうだということが見えてきそうです。
そして、マズローは自己実現段階に至る人は1〜2%程度しかいないと考えていました。自己承認できる人が少ないのであれば、実際に、そう多くはないのかもしれません。
より豊かになるために、他者承認段階から自己承認段階へのステップアップ必要になりそうです。
では、どうすると自己承認(自尊心)は得られるのでしょうか?
育児書などでは、子供の良い所、頑張ったところなどに着目して、褒めてあげることとアドバイスされることが多いのではないでしょうか。たくさん褒められると、自己承認は獲得できるのでしょうか?
そのようなことを考えているうちに、『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』という本に出会いました。この本は、アルフレッド・アドラーのアドラー心理学について非常にわかりやすいアプローチで説明しています。
アルフレッド・アドラーは、オーストリアの精神科医であり、心理学者でもあり、社会理論家でした。過去に強いトラウマを持っていたり、強い劣等感に悩んでいるような人へのカウンセリングから得た気付きから、理論を構築しました。 劣等意識を克服し、それを強みにしたり活かす実践的な方法を開発した、つまり、自尊心を獲得する方法 についてすごく考えていた人です。
そのアドラーが言うには、褒めてはいけない、叱ってもいけない のだそうです。
なぜ褒めても叱ってもいけないのか? アドラーは「褒められることが、劣等意識につながっている」と説明します。
例えば、次のようなプロセスで、褒められることは劣等意識につながっていくというのです。
わたしの最初の感想は「は??????」でした(汗)
しかし、詳しく読んでみると、なるほど自分の体験とも合致すると思うようになりました。
では、褒めてはいけないなら、どうすればいいのか? アドラーは「感謝の言葉「ありがとう」を伝えましょう」と提案しています。
「褒める」「叱る」は、実は上から目線で他人を評価する言葉です。これにより、縦の人間関係が構築されることになります。 対して「感謝の言葉」は、横の人間関係構築につながります。
縦の人間関係には優劣がありますが、横の人間関係にはないのです。優劣がないなら、劣等感は持ちませんよね。
このような、アドラー心理学からの学びをまとめると、
(実際にはもう少し複雑ですが) このようなことを実践すれば、自己承認・自尊心を獲得することができる、というふうに理解できそうです。
アドラー心理学を参照しながらここまで考えを進めてくると、ココロの成長モデルと合わない部分があることに気づきます。マズローは「他者承認欲求」と「自己承認欲求」は連続した前後の関係にあると捉えましたが、アドラーは他者承認欲求を否定しました。
実は、「他者承認」と「自己承認」は連続していないのではないか? アドラー心理学からのインプットを反映すると、ココロの成長モデルは次のように再構成できると思います。
いかがでしょうか。
今回の考察では、このモデルを結論として、低次から高次へ向かうことを "ココロの成長"、ココロが成長できることを "豊かさ" であると定義しました。
検証というほど明確に証明することはできないと思いますが、冒頭に挙げられた豊かさのイメージを振り返って、このモデルで説明できるか考えてみましょう。
一枚の図には表現しきれなかったので、上記は一部です。全量はぜひ、スライドを参照して確認してみてください。
"豊かさ" とは、 「ココロが成長できること」である。
長くなってしまいましたが、お付き合いいただき、ありがとうございました。
これを読んでいるあなたが考える豊かさは、ココロの成長モデルに当てはまりそうでしょうか? もし、まったく当てはまらない豊かさのイメージをお持ちであれば、ぜひフィードバックをいただけると嬉しいです。
最後に、今回の考察を通して思ったことを綴ってみたいと思います。
それは、戦後の日本は、高度経済成長を経て、ちゃんと豊かになったんだということです。
高度経済成長が経済力を急速に押し上げたことは、社会全体が生理的欲求・安全欲求のレベルから抜け出すことに大きく貢献していたはずです。
しかし現代、経済力ではこれ以上先へ進むことができない領域に突き当たったのではないかと思います。
戦後のボリュームゾーンだった、"空腹をしのぐための食料" が欲しいとか、"風雨をしのぐための家を持ちたい" といった欲求は、カネで解決できました。たくさんカネを持っているとか、高級車を乗り回すようなことで、他者承認の欲求を解決できたでしょう。
ところが、現代に新たな課題となっている、自己承認(自尊心)や自己実現の欲求は、カネでは解決できなそうです。
アベノミクスが打ち出す経済成長政策は、本当に日本を豊かにするでしょうか? これまでと同じ常識のなかにいては、いまの豊かさを越えて成長することはできない、そういう岐路にきているように感じます。
"豊かさ" に関する理解は、ビジネスシーンでも役立つのではないかと思います。
消費者は、自分の欲求を満たさない(=自分を豊かにしない)製品やサービスに、積極的に対価を支払おうとはしないでしょう。消費者それぞれの "豊かさ" について深い理解があることは、あらゆるビジネスにとって助けになるはずです。
働き手が豊かであることも重要です。豊かな人は、他者を豊かにしようします。 働き手が豊かであることは、顧客を豊かにするアイデアを生み出し、実行していく動機(モチベーション)につながるでしょう。
働く人が豊かに働くことが、すべての生活者、社会全体の豊かさを押し上げていく。
この考察が、多くの人の豊かさのため、お役に立てれば幸いです。
公開日: 2015年04月07日(Tue)