公開日: 2008年04月28日(Mon)
少子化といわれているのに、場所によっては保育園や保育士が足りていなかったりする。医師が少ないとか、教師が足りていないとか言われているのに、場所によっては病室やベッドが余っていたり、病院や学校はどんどん減っていたりもする。場所によっては、高層ビルが密集し過ぎ、その中に人間が沢山いて、災害時に緊急自動車がちゃんと活動できるのかどうか、危ぶまれている。
「少数の人間のために作る道路はすべて無駄である」と考えている人も沢山いる。これも場所による。
食料自給率の低さが危ぶまれているが、われわれは自国の土から獲れた食料の何割かを、形が悪いとかで捨てているらしい。捨てられず商品化された食料は、消費者に届くまでに多くのCO2を排出する。運搬のために。そして、都会に住む多くの消費者は、国産の食料が、本当はもっと美味しいものだということを知らない。獲れたてが一番おいしいに決まっている。だけど、獲れたての最もいい状態で食べられる人が少ないのは、産地の近くには住んでいる人が少ないからだ。
時の流行りのナントカというオフィスビルでは、毎朝、出勤時にエレベータが混雑し、30分とか1時間とか待つらしい。朝とお昼は混雑するから、1日2回、足したら1時間~2時間ほどの時間を、ただエレベータの前で立って過ごしている。彼らはエレベータの前に着くまでの間、満員電車にすし詰めにされている。片道1時間として、1日往復で2時間。全部足したら、何もしていない時間が4時間もある。もちろん毎営業日。無駄だ。果てしなく無駄である。
どうしてこの国の人間は、そんな思いをしてまで一箇所に集まってしまうのだろうか。ここに挙げた問題の大部分は、単に人間を分散させるだけで解決しそうじゃないか。違うのか?
かく言う僕も都内で仕事をしているが、都内である必要性を感じることはほとんどない。ITこそ、地方に散らばっていても仕事になりそうなもんだが、それでもやっぱり都会に集まってくる。なんで?
業界によっては、「港区にオフィスを構えることがステータス」みたいな、そういう価値観があったりするらしい。ヒルズ族みたいなのも、そういう価値観なのかしら。そのステータスのためだけに、無駄な時間を毎日4時間も費やすのであれば、バカバカしい価値観だと言わざるをえまい。
もしも、国の政策でコントロールできるならば、これは国の責任だ。だけど、どんな政策をすれば人は地方に分散してくれるのか、僕では想像できない。人が先か、産業が先か、あるいは税制なのか・・・、鶏と卵のような難しい話だ。国のせいでないならば、会社員とか社長さんとか、誰かの個人の意思で修正できる話なら、そのキーマンの意識改革が必要だ。というより、みんなが考え直さなければいけない。
きっと、みんなもうわかってるんじゃないだろうか。集まりすぎていて息苦しいとか、ちょっと個体間距離が近すぎるのではないかとか。窮屈で苦しいとか。感じない? 少なくても僕は感じているわけです。
僕も端くれとは言え一応IT戦士。都市人口分散のために、何かできそうな気が、なんとなくしてはいる。果たして何を実現したら、過密な都市は滲んでいくことができるのだろうか。僕の故郷で仕事にありつくことができるだろうか。
このまま高層ビルにしがみついていても、いいことないじゃない? と思いますが・・・。
公開日: 2008年04月28日(Mon)