名前をつけてやる

スピッツの古い曲で、「名前をつけてやる」というのがある。今思うと、我慢できないくらい性欲むき出しの一夜に、パパになる覚悟をしちゃうようなシチュエーションを、マサムネ節のオブラートでくるんだような歌、だったのかも知れない。だけど、そんなことは考えもせず、思春期によく歌った歌だ。

うちに子供が生まれるときに、オヤジがたった1つだけアドバイスをくれたのが、「名前はお前が考えろ」だった。出産に当たって、男親にできることは少ない。ゆえに、実際に子供が生まれてきたからといって、なかなか実感を持てるものではない。だから、名前は男親がつけるべし。真剣に考えて名前をつけることで、自覚が沸く、と。

少なくても現代の日本では、物心ついた時には名前は既に決まっていて、気づいた時にはその名で呼ばれ、特に違和感も疑問も感じることはないまま大きくなる人が圧倒的多数派だ。しかし、もしもその名前を失ったときは、大変な喪失感に駆られることだろう。そして、その名で呼ばれることで、そのメッセージが自分に向けたものであることを判別する。名前は、そんなふうに当たり前のように割り当てられた、ユニークな、そして重要な識別子である。

そう考えると、少し前に、住民基本台帳の導入に当たって国民総背番号制だといって批判されたと思うが、野球チーム9人の中に高橋君が3人いることはあっても、4番は必ず1人しかいられないのと同じで、背番号は数字だからむしろユニークでありやすい。一郎、次郎、三郎だって数字の連番だし、ヨーロッパに行けば、ルイ16世とかだっているわけで、それでも何も問題はないことを考えると、背番号だって立派に名前の要件を満たす。ただ、数字は人の個性を連想しづらく、ゆえに使いにくいだけだ。

名前が重要なのは人間だけでなく、物や概念や思想、考え方など、全てにおいて同じこと。そもそも、動作や状態にも全て名前がついていて、つまり、言語そのものが名前の大集合体だと考えられなくもない。名前は、いつでもどこでもそれくらい重要なのだ。

プログラマは、プログラム上で扱う変数や関数に名前をつけなければならないことが多々あるが、これも規則にしたがって直感的な名前をつけないと、後でグチャグチャになって大混乱することになる。コンピュータウィルスに命名する時の話がWIRED VISIONに掲載されていたが、ここでも間違った名前をつけると混乱したりするらしい。

よく物語に登場する名もなき詩人のような人物も、それは名前が知られていないという意味であって、名前はきっとつけてもらっただろうし、その名で呼ばれてもいただろう。名もなき詩には、名もなき詩という名前がついているし、UNTITLEDも、名前がないという名前のブランドだ。

最近よくヘタクソだな、と思うのが、道路の名前のつけ方。埼玉県には、県道34号線と、県道34号線の交差点がある。つまり、その十字路では、どちらに進んでも34号線に行ってしまうのだ。なんのために34号線という名前なのか分からない。道に迷ったときにはさらに混乱してしまうし、それが原因で道に迷うことだってある。本末転倒だ。

それ以外にも、甲州街道と、旧甲州街道というのがある。旧甲州街道は、昔は甲州街道だった道だ。これも紛らわしい。甲州街道沿いのセブンイレブンで待ち合わせして、その相手が20年前の知識で甲州街道を走ったら、永遠に出会うことができないじゃないか。甲州街道には、国道20号線という別の名前がついているが、これも地図や案内標識によって呼称が統一されておらず、道に迷う原因になる。しかも、甲州街道の全部が20号線というわけではなく、これがまた厄介だ。歴史とか何とか、いろいろしがらみがあるのかもしれないが、もう少しシンプルにならないものなのだろうか。

世の中の万物に、すっきり分かりやすく、直感的な名前がついたなら、実は世の中は相当に整理されて見えるのではなかろうか。でも、実体の整理ができないから、的確な名前がつけられない、というのも、名前が紛らわしくなってしまう理由になっていて、そこが難しいところでもある。

名前、真剣に考えましょう。


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コヤナギ トモヤ

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