大地はまるい。社会もまるい。

エコとか、CSRとか、教育とか、そういうテーマについて考えるときに、「あぁ、やっぱりそうなんだ」って思うことがある。

「社会はまるい」ということ。

大地はまるい。それに気がつくまで、大地は平らで、海を越えてさらに行ったら、どこかに崖があって、そのまま進んだらどこかへ落っこちて行ってしまうと思ってた。でも、大地はまるかった。ならば、東西南北どちらを向いていても、まっすぐ指をさせば、その先には必ず自分の背中があるということになる。

どんな社会も、これと同じなんだと思う。どんなに複雑で大きくなっても、やっぱりマルはマル。どっかで、自分の背中に通じている。

目の前の知らない誰かをドカっとどついたら、その向こうにいた人にぶつかって、ドミノ倒し的にどんどん伝わって、最後の人が世界の果ての崖からポチャンと落ちたら、それでおしまい。にはならない。そのドミノの先には、必ず自分の背中がある。だから、無意味に目の前の人をどつくのは、自分のためにならない。

逆に、彼によいことをしてあげれば、それはめぐりめぐって、他の誰かの手によって、自分の背中に返ってくるということだ。

そして、社会が大きく複雑になれば、波が伝わるのに時間がかかるようになる。自分の放った波紋が自分の背中に届くとき、そこに立っているのが自分だとは限らない。自分の娘だったり、孫だったり。あるいは、会社や学校のかわいい後輩だったりするかも知れない。

そう考えると、彼らの顔を思い浮かべると、やっぱりサボれないなぁ、と思うんだ。

エコはエゴでいいんだ」って書いたけど、これはつまり、そういうことだ。


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コヤナギ トモヤ

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